2001年9月11日、帰宅してつけたニュース番組。そこにはニューヨークからのライブ映像が、刻々と悪化する一方の事態を映し出していました。その瞬間、四半世紀のあいだ続けてきた喫煙習慣をやめる決意をしたのです。今でも、その時の理由がなんだったのかよく掴めていません。健康でもなく、道徳・正義でもなく、ましてや哲学でもなく。ただただ崩れゆくWTCを目撃しながら、ふとタバコやめようと。

記録が残る最古の喫煙は、南アメリカ・マヤ文明。パレンケ遺跡にある「十字架の神殿」の壁面に描かれたレリーフ「エル・フマドール」(スペイン語で喫煙者)には、たばこを吸う神が刻まれています。7世紀頃とされています。

パレンケ遺跡の十字の神殿

今後の研究によるところ大ではありますが、1万2300年前、アメリカ合衆国ユタ州グレートソルトレーク砂漠の遺跡からたばこの痕跡が発見されたとのことです。北米大陸の先住民の儀式や暮らしに持ち込まれていた可能性があるらしいのです。

そもそもの喫煙とは、歴史的な起源がどうであれ、その酩酊感から宗教的儀式に、その人体への影響から医学的に、その高揚感から集団の結束や他部族との交渉の場に利用されていたことが想像できます。

たばこを吸う神(十字の神殿のレリーフ)

当時は生産量の点で、摂取量は限られていたでしょう。したがって、人体への悪影響が出はじめる前に寿命を迎えていたと思われます。そのため喫煙の良い面ばかりが注目されていたと想像いたします。

タバコ、線香、抹香、香木、古来当然のことながら香りには大いに意味があります。香りとともに可視化できる煙にも。そこにある非日常性に宗教的、呪術的な側面を大昔の人々は見たのでしょう。いまでも、宗教儀礼や宗教施設において煙を焚くことが求めらることがあります。故人や仏様、神や精霊の好物であり、また地上界と天界を結ぶ装置としての役割もあります。

その中でも特にタバコについて見てみると、体内に取り入れる点でより意味合いに重みを感じます。煙を吐き出している喫煙する者を見た時、そこに何を感じたのであろうか。自らの体内から吐き出される煙を見た時、どう思ったのであろうか。

トロ=コルテシアノ絵文書

喫煙は、神との交信なのでしょうか。

喫煙のかたちは、時代で変化してきました。19世紀半ば、紙巻きタバコ(シガレット)の誕生は大きな転換点になりました。それまで、タバコを吸うには喫煙器具が必要でした。紙巻きタバコは、火をつけさえすればいつでもどこでも喫煙ができます。19世紀末から20世紀に、その安易さから大量生産が可能になりました。2つの世界大戦において各国の兵士の精神安定剤も兼ねて戦地での必需品となりました。そして紙巻きタバコが喫煙の主流となっていったのです。

紙巻きタバコによる大量生産は、安価な嗜好品として世界中の需要を産み、いつしか巨大産業となっていきました。

そーいえば、1980年代から90年代のF1てさ、マルボロやらキャメル、ロスマンズ、JPSといったタバコ会社全盛でしたね。マイルド・セブンやキャビンもありました。マシンのカラーリングやデザインがタバコのパッケージとリンクして、やたらカッコよかったよね。セナとナカジマがいたロータスのファンだったので、当然のことキャメルを愛煙してました。

さて、そこで疑問が。紙巻きタバコの紙、燃やしていますよね。その燃えた煙も吸い込んでます。燃えた紙の煤も吸い込んでいますよね。そもそもこの巻き紙って大丈夫なの? 何も添加されていませんよね。安全なんですよね?

それと、喫煙が有害かもしれないねっていうキャンペーンが沸き起こってきてから、さまざま登場してきたのがフィルター。これは、まったく自然界のものではないですよね。いろんな効果を持たせているわけだし、フレーバーも加えられてますし。添加物が入っていないわけがなかろうよ。添加物については百歩譲っておくとして(譲っちゃいけない気がするけどさ)、当初はフィルターによって有害成分はかなり除去されるという報告(主に日米のタバコ生産会社からの)をよく耳にしました。でもさ、高度なフィルターによって物足りなく感じた喫煙者はいつもより深く吸い込み、いつもより吸い口近くまで吸い、いつもよりもチェーンスモークしてしまってました。

だからって、煙管やパイプに回帰するのも非現実的。せめて両切りタバコのピースというのもなんかなぁ。

喫煙を題材にした江戸浮世絵

おそらく、葉巻、シガーが太古からの喫煙の意味をほぼ正しく継承しているのではないんでしょうか。肺まで吸い込まないというところも儀式的、呪術的要素を持ち、ある種の様式美さえ感じさせてくれます。そのことから肺がんリスクが低いとされる点においても。銀座を中心に何軒かあるシガー・バー。その空間、たいへん惹かれます。英国の上流階級クラブのような格式を醸し出しています。禁煙した鼻と喉が耐えられる気がしませんし、何よりもその分不相応な空間に落ち着いていられるとは到底思えませんね。

ほんとうのところ、有害物質、発ガン物質は、どれなんでしょう?こうしてヒステリックにならず冷静に見てみると、タバコそのもの以外に起因している可能性も大いにありそうです。タバコは悪! そうやって、ものごとを単純に断じることは楽です。面倒くさいけど、ぐるぐる回りながら表から裏から自分の目で見てみるのも悪くないし、結構面白いよね。

でもさ、最低限のルールは尊重しましょうよ。歩きタバコ、自転車タバコ、吸い殻の投げ捨て、子どものいる公園や遊歩道での喫煙、集合住宅のバルコニー喫煙、、。喫煙者の権利に対して寛容である私のような非喫煙者までも敵に回すことになります。行き着く先は、条例のような罰則の伴わない甘いものじゃない罰則のつく法制化があり得ます。マイナンバーカードに喫煙の有無が登録されるなんてこともありそうです。

先日、たばこと塩の博物館に行ってきました。9.11事件の起きた頃にも訪れましたが、渋谷の公園通りというおしゃれなエリアにありました。今は両国、隣に巨大なJTの施設。芭蕉や北斎、大相撲、回向院。歴史好きには堪らないロケーションです。スカイツリー駅から、錦糸町、両国駅へと、あちこち引っかかりながらゆったり散歩してきました。

現在のタバコ狩りがファッショにも似た心理になってはいないだろうか。「非」喫煙者のなかに一定数あるであろう「反」喫煙者が、その勝ち誇った正義のもと喫煙者を断罪していく。今や少数者となり悪となった喫煙者は、反論の機会さえ奪われている。世の中のことを単純に白黒つけてしまいたいと考えがちな現代人を読み解く仮説のひとつになるのでは?なんてことを思案しながら安田庭園の池を回遊しておりました。

安田庭園

WTCの崩壊していく映像が、紙巻きタバコの燃焼にも見えた瞬間がありました。その日、タバコを断ちました。

9.11事件を伝えるデイリー・テレグラフ紙

投稿者

carrera

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