自動車教習所という施設は、概ね平坦でありそこそこ広い敷地にあるものというのが、共通認識です。2階建ての駐車場のような施設を想像することは、ほぼないと思います。

19の春、必要に迫られて自動車免許を取ることになりました。父親の経営する事業を時間の許す範囲でバイトとして勤務しており、その納品業務の手伝いをしていました。かなり重量があったり、嵩張るものだったり、なおかつ乗り換えが多かったりすると負担は大きいものでした。「教習所の代金は出してやるから、免許を取ってこい」ほぼ、命令。自宅と学校の近く、もしくはそのルート近辺で見つかったのが、豊島自動車教習所。

池袋の高層ビル、サンシャインシティ。その北隣、都会のど真ん中というロケーションに、豊島自動車教習所があります。あれから数十年が経ちましたが、今もそのまま。狭い敷地、2階建て、車がたくさん、第一印象はサンシャインシティーの駐車場。

当時の教習車はすべてマニュアル車。なのに初日から坂道発進、その後のすべての教習で最初に坂道発進がもれなくついてきます。2階建ての1階は単なる周回コースと事務所、教習のための待合室、教習車の駐車場でいっぱい。教習コースは2階です。

教習は薄暗い1階で教習車に乗り込み始まります。そしてすぐに中央のスロープで2階へ。坂道発進が待ち構えています。この坂道発進でほぼ確実に教習官の強制ブレーキの洗礼を受けます。そしてまた再発進でノタノタします。後続の教習車を待たせています。バックミラーに映る後続車の教習官は薄笑いを浮かべています。そうこうするうちに2階へ上がるための信号が赤に変わります。再びの重圧に半クラッチをキープする左足は震えています。これで気持ちが折れないわけがありますか? 

それでも春休み中はバイトと教習所で明け暮れ、仮免許までの講習を順調に修了しました。そして新学期が始まり、教習所通いの間隔が広がり出しました。

そもそも、自ら望んだことじゃないし、自分の金じゃないし、通学も趣味の外出も、ほぼほぼ自転車で済んじゃうし、電車は2〜3駅乗るだけですむし。自動車免許いらないじゃんよ。モチベーション、ダダ下がり。2年生の前期は学校には行くけど授業にはまともに出ず、ほとんど遊びと趣味に費やされました。バイト代も底をつき、定期券代を浮かすために徒歩か自転車通学に。すると、ますます時間がなくなるし、教習所から足が遠のいて行きます。

転機は突然にやってくるものです。前期のテスト期間(遊んでいたせいで、散々な結果)真っ最中のある日、豊島自動車教習所より封書が届きました。

9月末であなたの仮免許が失効します。それまでに全講習を終え、本試験に合格しなければいけません。との内容です。後に聞いたことでは、よっぽどの理由(病気療養とか)もなく仮免許失効を知らせる通知が送付されることはそうはないそうです。とにかくやばいです。まずは金がないので、父親にうまいこと言い繕って残りの教習所代を工面。せっせとまたバイトと教習所通いの夏休みです。

そんなある日、仲良くしていた同じクラスの数人へ、富士山麓に別荘を持つ才色兼備のクラスメイトから避暑地で「合宿」をしませんこと、とのお誘いが舞い込みました。お断りする理由は一切ありません。ただ、金銭的問題のみ。ところが、滞在にかかる費用は一切いりませんとのこと。そんな美味すぎる話があるのでしょうか。おまけに実家から車を調達してきた仲間のお陰で交通費も割安に。その彼の実家の車は、4ドアの4代目スカイライン。その別荘を所有しているクラスメイトの父親は、2ドアの白のケンメリ・スカイライン。美しい車です。

その数日は現実離れしていて、フワフワとした夢の中のように感じていました。

この夏の一連の出来事は、後に思い返すとかなりの衝撃をもたらしました。

中央自動車道、富士スバルラインを行く仲間とのドライブは大変に楽しい時間でした。自動車免許を取りたい。旅行から帰るなり、ほぼ毎日教習所に通い、最短で本試験に合格。すぐさま府中に行って一発合格、晴れて免許取得です。

会社の営業車はトヨタ・カローラのバン。

当然マニュアル車、床からにょきっと長く伸びたシフトレバー。大きくて手応えの薄いハンドル。頼りないダンパー。非力なエンジン。加減が曖昧なブレーキ。遮音性能の低いうるさい車内。硬くて遊びが薄いクラッチ。心許ない安全性能。

だけどそんなことなど運転することの楽しさ喜びが遥かに凌駕します。八王子や浦和、川崎など高速道路が使える長距離の納品業務があるときは、授業より優先することもたびたび。

これまでで最も学業を疎かにした1年でありました。しかし、これまでで最も経験を積み思慮し感じ刺激をうけ、成長できた濃密な1年でもありました。そして20の春、一”台”決心をします。

投稿者

carrera

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