自宅からもっとも近くにある自動車ディーラーは、ポルシェを新車販売するミツワ自動車でした。散歩の途中に何気なく覗いていたところ、品の良い紳士にいざなわれてお話すること数十分、新車購入の手続きを済ましておりました。
伝説のポルシェ営業マン、宮下実氏。私の父にポルシェを3台売っていたことが、のちに判明しました。時期もショップも異なるのに、これはやはり縁なのでしょう。

私の実家は東京の城西地区。父はそこで町工場を営んでおりました。創業は戦時中、エンジニアだった祖父が、零戦の開発に関わっていたことにはじまり、その祖父が隠居して漁師になった後を引き継ぎました。
光学系、医療系の精密機器製造で経営は順調ではありましたが、職人肌の気質は往々にして家庭人としては不向きになるもの。そんな父とは、幼い頃から無意識に不自然な距離を取るようになっていました。父にもそれが敏感に感じられ、いつしかお互いに煩わしいものになっていったようです。
父の跡を継がず、家を出てからはほぼ顔を合わすことも滅多になくなり、用件は母を介在してという状態。
職人の父の最大の趣味は車。若い頃から輸入車を乗りまわしていました。その父が最後にたどり着いた車がポルシェ911カレラでした。

日本に数台しかないというtype993のRSを所有しておりました。世界で274台という希少さ、さらには空冷最後のRSということで人気は高く、今でも高額で取引されています。ミツワ自動車の宮下実氏に紹介された究極の1台でありました。

ちなみに「RS」とはドイツ語のレン・シュポルト、英語ではレーシング・スポーツを意味します。ポルシェの場合それは単なるイメージで付与されたのではなく、実際にレーシング・カーのベース車両を指す名称です。
訳あって911 RSは手放すことになるのですが、再び買い替えたのもブラックメタリックのtype 993。これが彼の生涯最後の愛車となりました。

私がポルシェを購入したことを母を介して伝え聞いた父が、ある日実家を訪ねていた私を呼び止め一言、911を手に入れたそうだな。やはりそこにたどり着いたわけだ。
長く隔たりがあったにもかかわらず、お互いに同じ車に「たどり着いた」父と息子が認め合い、わかり合えたのかもしれません。
職人を虜にしたのは、その精緻なテクノロジーとアート。単なる車バカが惹かれたのは、伝統を重んじながらも常に未来を志向する類い稀な意匠。

自宅から徒歩5分にあるポルシェセンター。現在の所有車はここで購入しました。散歩がてら、冷やかしにふらっとどうでしょうか。
